戦前ホンネ発言大全2
落書き・ビラ・投書・怪文書で見る反軍・反帝・反資本主義的言説
髙井ホアン(著/文)
ISBN 978-4-908468-36-0
C0021 四六判 591頁
価格 2,750円 税込 (本体2,500円+税)
書店発売日 2019年5月24日
紹介
非国民を洗い出す監視密告体制で
落書きやビラに託した
反戦平和主義への想い
まるで匿名掲示板! ※情報統制下では陰謀論やデマも出回った
■「金属など献納しません相当の相場で買え」
■「食糧不足につき人間製造中止」
■「畏れ多くも皇后様も箱入娘の令嬢様でもお湯に入る時は丸裸」
■「ソ連は全世界の資本家国家を相手にしているので軍備は世界一」
■「日本の軍隊が他国へ攻め込んでそれで正義と言うのは変ではないか」「右翼の不穏ビラ」「中国軍機のビラ撒き」「戦前の替歌集」等のコラム
「時局を風刺せる流行語使用情況」「不穏歌謡の流布状況」等の資料
目次
まえがき 2
目次 8
凡例 12
昭和12年(1937) 15
憎まれる「財閥」の表裏 98
右翼の不穏ビラ 105
お祭りの出し物もダメ 佐賀高等学校記念祭飾物撤去 107
昭和13年(1938) 109
偉大なる「敵」、蒋介石 188
本土初空襲 中国軍機のビラ撒き 195
昭和14年(1939) 213
特高月報などにみる戦前の替歌集 259
昭和15年(1940) 277
「不穏」な農村短歌の世界 329
昭和16年(1941) 331
左翼文献を提出しよう! 東京保護観察所の要請文 357
売るな・買うな・読むな 左翼古書商の検挙事件 360
昭和17年(1942) 363
召集と不正 付・「兵隊製造人」の手記 神戸達雄 383
抗弁 被害者たちは語る 400
昭和18年(1943) 405
「竹槍事件」と懲罰召集 433
空襲と民衆と都市伝説 438
昭和19年(1944) 443
官情報第629号 重要特異流言蜚語発生検挙表 467
社会運動の状況 469
思想旬報 第一号 都市に於ける食糧事情 不平不満の言動 506
思想旬報 第二号 510
思想旬報 第三号 不穏歌謡の流布状況(其の一) 513
思想旬報 第七号 時局を風刺せる流行語使用情況 517
特高警察の時代 528
年表 544
あとがき 584
前書きなど
『戦前ホンネ発言大全』まえがき
特高警察、憲兵、そして現代の公安および体制の犠牲になった人々に本書を捧げる
私たちは、平和で自由な民主主義の国に生きている、といわれる。「実態は本当にそうか」はともかく、我々は少なくとも民主的な憲法のもとに暮らしている。そして、日本の歴史を眺めると、我々は戦後という地点に立っている。1945年(昭和20年)8月15日以前と以後が、私達の社会の有様を隔てている、とされる。もちろん、多くの人々や建造物や諸々は、それをまたいで存在しているが。しかし、同時に、政治的には複雑な橋渡しもあった。まさに昭和天皇は、「戦前」の20年と「戦後」の44年をその立場で生きた。戦前と戦後の狭間で断罪された多くの政治家や有力者も、相当の数が戦後に再び同じ立場を得た。さらにさかのぼって、「戦前」とはどんな時代だったのか。
中学校の歴史教科書を開くと、たとえば日中戦争から太平洋戦争開戦を経て敗戦まで、わずかなページに押し込まれている。義務教育の歴史・社会科の授業や、高等学校の日本史の授業で、我々は当時の日本において自由が抑圧されていたことを学ぶ(教師の思惑がそうでない場合や、そもそも授業が飛ばされることもあるだろうが)。しかし、「治安維持法」「ファシズム」「特高警察」「天皇制」「機関説事件」などという単語を学んでも、それが一体どのような姿かたちを持って市民に掛ったのか、また市民一人ひとりがそれを見てどう従い、あるいは抗い、やり過ごし、対処し……その時代をどう生きたかと言う記録は、残念ながら教科書や付属の資料を通して学ぶことは難しい。また、「戦前」を経験した人々も高齢化に伴い年々減っており、直接話を伺うことも難しくなりつつある。よく、戦後〇〇年といわれる。だが、敗戦時から遡る、だけではない。太平洋戦争開戦から。日中戦争から。満州事変から。治安維持法から……。戦前は、どんどん遠ざかっている。現代においてすら、ずさんな管理で資料が散逸し、あるいはWEBページが予期せぬサービスの終了などにより数百万単位で消えていく。いわんや人の記憶をや。しかし、いくつかの、重要で興味深い手掛かりが残っている。
特高警察および憲兵隊は戦前、まさにその職務のために膨大な記録を残した。その中には、共産党関係への膨大な監視記録、小林多喜二が築地警察署で「死亡」した有名な事件、またキリスト教を始めとする宗教者への圧力や、水平社(部落解放運動)への監視などの記録がある。そして、それらに属していない市井の人々を監視した記録もある。明治時代の自由民権運動に始まり、社会主義者、無政府主義者、共産主義者、自由主義者、宗教者、朝鮮・中国人、右翼、部落そして民衆と、戦前史上あらゆる物を監視し続けた組織は、落書きから子どもの替え歌まで権力の脅威となるもの全てを弾圧するに際し記録した。それが特高月報であり、憲兵隊記録である。そこには、皮肉にも権力の監視を通して、当時を生きた市民の様々な姿が残っている。
心から反戦と平和を唱えた崇高な人々もいる。完全な抑圧下にありながら天皇制へ堂々と逆らった人々がいる。消極的にせよ中国や米国への戦争に疑問を抱いた人々もいる。息子や友人の徴兵召集に文句を言った人々もいる。戦争に疲れ、いっそ敗戦を望んだ人々もいる。また、一部には歴史的事件に直接繋がっている人物もおり、これは貴重な記録となっている。
しかしそれら「綺麗事」だけではない。井戸端会議も便所の壁も、早い話が現代の掲示板やSNSである(発言にも「便所は我らの伝言板なり有効に使え」とある)。あからさまなデマは多く存在する。宇宙から何かを受信してしまった人、訳の分からないことを言う者がいる。天皇のペニスやセックスの様子を予想した者がいる。天皇の写真で葬式の真似をした子どもたちもいる。皇族を騙った単なる身分詐欺師もいる。差別的な何かを行う人もいれば、ユダヤ陰謀論者は昔から全く変わらない。とにかく、単に面白い人々もいるのだ。
当時の体制への不平・不満を抱えながらもしかし権力や戦争遂行に強く抵抗するという訳でもない、100%加害者寄りではないがしかし被害・差別について特に意識している訳でもない、ただちょっとした発言や皇族への幾分下品なゴシップ的興味のために捕まった多くの「庶民」の姿もそこにある。もう少し過激な人々が大勢いる状況を想像した人もいるかもしれない。だが、わずかでも「人殺し」である戦争への抵抗の意思を持ち、あるいは天皇制のおかしさにも「あいつら、俺たちとあんまり変らないね」というレベルでも思考が出来る人々は、それでも少なかったのだ。大多数の、全くの「臣民」はこの月報には載りもしないのだから。
もちろん、体制側による記録であることから、鵜呑みにできない部分もある。一部では冤罪や事件のその後(起訴猶予・無罪など)にも触れている。だが、落書きやビラ、多くの抗弁者などの姿を伝える、重要な史料であることには変わりがない。これらの史料は戦後しばらく表に出ることは無く、60年代から70年代にかけて再び注目されたこともあったものの、深く大衆に広まらずに再び図書館の本棚の奥やわずかな論文の参考資料欄、WEBページに眠っている。
私は2012年ごろから特高月報などに触れた。一個人あるいは一ハーフとしても非常に興味深く、数多くの、発言や落書を始めとする行動の記録を集め、様々な場で紹介もしてきた。そして今回、みなさんの目に広く触れてもらおうと、出版という形でこの記録、そして戦前の人々の声を広く公開する。本シリーズ1・2巻は、特高警察の内部回覧誌である特高月報と、憲兵隊による調査記録をもとに、特に「庶民」(特高月報では主にそう分類されている)に着目し、その姿を再び現代に蘇らせるものである。
たまに、政治や民族の問題に絡めて、保守的な人々から「〇〇(誇りや国体など)を思い出せ・忘れるな」といわれることがある。ならば、あえて戦争と天皇制を問い、巻き込まれ、またコケにした当時の人々を見て、知ってみよう。これも我々が忘れていたことかもしれず、無意識のうちに目を背けていたことかもしれない。根源的な疑問や不満を隠さなかった人々から学べることがあるかもしれない。あるいは、単に面白く眺めるだけでも良いだろう。だが、「特高警察」的なものが現代にも引き続き存在していることだけは忘れないようにしよう。これで「笑える」平和な世界がいつまでも続くように願いつつ。2019年5月上旬 「令和」の始めの日々を過ごしながら
髙井ホアン
『戦前反戦発言大全』まえがき
日露戦争以後、ロシア革命によるロシアの消滅とソ連の誕生もあり、満州に鉄道などの利権を持っていた日本は、「満蒙は日本の生命線」として満州を影響下に置いていた。しかし、蒋介石による北伐の刺激や世界恐慌もあり、大陸への侵出と勢力拡大を狙った関東軍(現地駐留の日本軍)は1931年に柳条湖事件(中国軍の行為に見せかけた日本軍による鉄道爆破事件)を起こし、日本政府の許可もないまま自衛のためと称して満州事変を引き起こした(一五年戦争の始まり)。1928年12月に国民党軍に従っていた現地勢力の張学良はこれに抵抗できず、満州は関東軍の支配下に置かれた。関東軍は1932年に旧清朝最後の皇帝である溥儀を君主とした傀儡国である満州国を建国したが、世界各国の反発もあり、1933年3月に日本は国際連盟を脱退し世界的に孤立し始める。塘沽協定により満州事変は終結したものの、以後も日本軍は中国への侵出を図った。1936年12月には西安事件が発生し、翌年以降中国国民党は中国共産党と協力して(国共合作)、日本に立ち向かうこととなる。そして、1937年7月7日、盧溝橋事件が発生し、以後なし崩し的に軍事衝突が相次ぎ、支那事変、後に「日中戦争」と呼ばれる戦争が始まった(ただしこの時点では宣戦布告は行われておらず、太平洋戦争開戦時に正式に宣戦布告が行われた)。
1937年7月より、特高警察の内部雑誌である『特高月報』内で、左翼運動欄の末尾「左翼分子の反戦的策動」として庶民の発言が記載され始めた。それまでも度々市井の人々の声が記録されたことはあったが、まとまって記載されるようになったのはこれが初めてである。未だ「事変」の最初期であり、不拡大方針が採用される可能性もあった内から、特高警察は市井に「戦争」を嗅ぎとっていた。そして以後、多くの発言・行為が記録されていくこととなる。太平洋戦争を待つまでもなく、日本は日中戦争の時点で既に多くの統制政策が行われ、疲弊していたことが、内容からも伺える。
そして、日中戦争と仏印進駐による更なる国際的な孤立化を経て、太平洋戦争開戦を迎えて日本は無謀な二面作戦を展開していった。1943年以後、本土に迫る米軍始め連合国軍への圧力が紙面にも表れるようになる。また、軍需工場で働く徴用者など労働者たちの発言や落書きも見逃せない。特高警察は国内にありながら、最も早く市民の疲弊に気づいていた組織の一つである。また、デマや誇張の類も当然存在する。現代から見ればおかしかったり笑えるかもしれないが、当時の人々にとっては迫真な情報であっただろう。ましてや、インターネットを使い、日々新しい情報に接しているつもりの「現代」の我々ですら様々なデマに振り回されているではないか。一歩引いた見方も必要であろう。
本書では、左記主に日中戦争期から敗戦までの8年間の、戦争と向き合った・向き合わされた市民たちの言動と行為を収録する。
著者プロフィール
髙井ホアン (タカイ ホアン)
1994年生まれ。小説家・作家・ライター。日本人とパラグアイ人の混血(ハーフ)。埼玉の某大学卒(専門はカリブ史)。小学校時代より「社会」「歴史」科目しか取り柄のない非国民ハーフとして育つ。高校時代より反権力・反表現規制活動を行う中、その過程で戦前の庶民の不敬・反戦言動について知り、そのパワフルさと奥深さに痺れて収集と情報発信を開始。2013年よりTwitter上で「戦前の不敬・反戦発言Bot」「神軍平等兵 奥崎謙三Bot」などを運営中。教科書的・国家的な歴史の表面には出てこない人々をこれからも紹介していきたい。小説家としては株式会社破滅派よりJuan.B名義で電子書籍『混血テロル』『天覧混血』を刊行中。