戦前ホンネ発言大全1
落書き・ビラ・投書・怪文書で見る反天皇制・反皇室・反ヒロヒト的言説
髙井ホアン(著/文)
ISBN 978-4-908468-35-3
C0021 四六判 594頁
価格 2,750円 税込 (本体2,500円+税)
書店発売日 2019年5月24日
紹介
天皇の批判を投書や怪文書でコッソリ表明
犠牲を顧みる一般市民の
非英雄的反体制的言論活動
第2巻と合わせて合計1184ページ 約1000の発言を収録!
■「皇太子殿下も機関の後継者というだけで別に変ったものでない」
■「俺も総理大臣にして見ろ、もっと上手にやって見せる」
■「俺は日本の国に生れた有難味がない、日本に生れた事が情無く思う」
■「実力のある者をドシドシ天皇にすべきだ」 ■「生めよ殖せよ陛下の様に」
■「早く米国の領地にしてほしい」■「天皇陛下はユダヤ財閥の傀儡だぞ」「秩父宮と革新派」「難波大助仇討物語」「天皇機関説事件」等のコラム
「皇族一覧」「天皇家系図」「特別高等警察組織表」「用語解説」等の資料
目次
まえがき 2
目次 8
凡例 12
昭和12年(1937) 15
昭和13年(1938) 15
昭和14年(1939) 15
ヴァニティ・フェア不敬事件 47
皇国史観の呪縛 52
昭和15年(1940) 71
不敬と顕彰の狭間 安徳天皇は死なず 105
宮中某重大事件 117
秩父宮と革新派 123
二・二六事件 流言 133
昭和16年(1941) 139
戦前の都市伝説 大正天皇はバカか 190
戦前の都市伝説 難波大助仇討物語 195
昭和17年(1942) 201
尾崎行雄不敬演説事件 249
天皇機関説事件 258
国体明徴声明 273
昭和18年(1943) 275
昭和19年(1944) 337
東京東部憲兵隊資料に見る不敬・反戦的な流言飛語 369
憲兵司令部資料に見る不敬・反戦的な流言飛語 398
最後の不敬罪 プラカード事件 436
あの発言あのお金 441
皇族たちの肖像 446
皇族一覧 460
天皇家系図 462
内閣一覧 464
警視庁特高警察組織変遷図 466
特別高等警察組織表 469
人名解説 470
用語解説 513
法律文書 564
参考文献 576
あとがき 584
前書きなど
『戦前ホンネ発言大全』まえがき
特高警察、憲兵、そして現代の公安および体制の犠牲になった人々に本書を捧げる
私たちは、平和で自由な民主主義の国に生きている、といわれる。「実態は本当にそうか」はともかく、我々は少なくとも民主的な憲法のもとに暮らしている。そして、日本の歴史を眺めると、我々は戦後という地点に立っている。1945年(昭和20年)8月15日以前と以後が、私達の社会の有様を隔てている、とされる。もちろん、多くの人々や建造物や諸々は、それをまたいで存在しているが。しかし、同時に、政治的には複雑な橋渡しもあった。まさに昭和天皇は、「戦前」の20年と「戦後」の44年をその立場で生きた。戦前と戦後の狭間で断罪された多くの政治家や有力者も、相当の数が戦後に再び同じ立場を得た。さらにさかのぼって、「戦前」とはどんな時代だったのか。
中学校の歴史教科書を開くと、たとえば日中戦争から太平洋戦争開戦を経て敗戦まで、わずかなページに押し込まれている。義務教育の歴史・社会科の授業や、高等学校の日本史の授業で、我々は当時の日本において自由が抑圧されていたことを学ぶ(教師の思惑がそうでない場合や、そもそも授業が飛ばされることもあるだろうが)。しかし、「治安維持法」「ファシズム」「特高警察」「天皇制」「機関説事件」などという単語を学んでも、それが一体どのような姿かたちを持って市民に掛ったのか、また市民一人ひとりがそれを見てどう従い、あるいは抗い、やり過ごし、対処し……その時代をどう生きたかと言う記録は、残念ながら教科書や付属の資料を通して学ぶことは難しい。また、「戦前」を経験した人々も高齢化に伴い年々減っており、直接話を伺うことも難しくなりつつある。よく、戦後〇〇年といわれる。だが、敗戦時から遡る、だけではない。太平洋戦争開戦から。日中戦争から。満州事変から。治安維持法から……。戦前は、どんどん遠ざかっている。現代においてすら、ずさんな管理で資料が散逸し、あるいはWEBページが予期せぬサービスの終了などにより数百万単位で消えていく。いわんや人の記憶をや。しかし、いくつかの、重要で興味深い手掛かりが残っている。
特高警察および憲兵隊は戦前、まさにその職務のために膨大な記録を残した。その中には、共産党関係への膨大な監視記録、小林多喜二が築地警察署で「死亡」した有名な事件、またキリスト教を始めとする宗教者への圧力や、水平社(部落解放運動)への監視などの記録がある。そして、それらに属していない市井の人々を監視した記録もある。明治時代の自由民権運動に始まり、社会主義者、無政府主義者、共産主義者、自由主義者、宗教者、朝鮮・中国人、右翼、部落そして民衆と、戦前史上あらゆる物を監視し続けた組織は、落書きから子どもの替え歌まで権力の脅威となるもの全てを弾圧するに際し記録した。それが特高月報であり、憲兵隊記録である。そこには、皮肉にも権力の監視を通して、当時を生きた市民の様々な姿が残っている。
心から反戦と平和を唱えた崇高な人々もいる。完全な抑圧下にありながら天皇制へ堂々と逆らった人々がいる。消極的にせよ中国や米国への戦争に疑問を抱いた人々もいる。息子や友人の徴兵召集に文句を言った人々もいる。戦争に疲れ、いっそ敗戦を望んだ人々もいる。また、一部には歴史的事件に直接繋がっている人物もおり、これは貴重な記録となっている。
しかしそれら「綺麗事」だけではない。井戸端会議も便所の壁も、早い話が現代の掲示板やSNSである(発言にも「便所は我らの伝言板なり有効に使え」とある)。あからさまなデマは多く存在する。宇宙から何かを受信してしまった人、訳の分からないことを言う者がいる。天皇のペニスやセックスの様子を予想した者がいる。天皇の写真で葬式の真似をした子どもたちもいる。皇族を騙った単なる身分詐欺師もいる。差別的な何かを行う人もいれば、ユダヤ陰謀論者は昔から全く変わらない。とにかく、単に面白い人々もいるのだ。
当時の体制への不平・不満を抱えながらもしかし権力や戦争遂行に強く抵抗するという訳でもない、100%加害者寄りではないがしかし被害・差別について特に意識している訳でもない、ただちょっとした発言や皇族への幾分下品なゴシップ的興味のために捕まった多くの「庶民」の姿もそこにある。もう少し過激な人々が大勢いる状況を想像した人もいるかもしれない。だが、わずかでも「人殺し」である戦争への抵抗の意思を持ち、あるいは天皇制のおかしさにも「あいつら、俺たちとあんまり変らないね」というレベルでも思考が出来る人々は、それでも少なかったのだ。大多数の、全くの「臣民」はこの月報には載りもしないのだから。
もちろん、体制側による記録であることから、鵜呑みにできない部分もある。一部では冤罪や事件のその後(起訴猶予・無罪など)にも触れている。だが、落書きやビラ、多くの抗弁者などの姿を伝える、重要な史料であることには変わりがない。これらの史料は戦後しばらく表に出ることは無く、60年代から70年代にかけて再び注目されたこともあったものの、深く大衆に広まらずに再び図書館の本棚の奥やわずかな論文の参考資料欄、WEBページに眠っている。
私は2012年ごろから特高月報などに触れた。一個人あるいは一ハーフとしても非常に興味深く、数多くの、発言や落書を始めとする行動の記録を集め、様々な場で紹介もしてきた。そして今回、みなさんの目に広く触れてもらおうと、出版という形でこの記録、そして戦前の人々の声を広く公開する。本シリーズ1・2巻は、特高警察の内部回覧誌である特高月報と、憲兵隊による調査記録をもとに、特に「庶民」(特高月報では主にそう分類されている)に着目し、その姿を再び現代に蘇らせるものである。
たまに、政治や民族の問題に絡めて、保守的な人々から「〇〇(誇りや国体など)を思い出せ・忘れるな」といわれることがある。ならば、あえて戦争と天皇制を問い、巻き込まれ、またコケにした当時の人々を見て、知ってみよう。これも我々が忘れていたことかもしれず、無意識のうちに目を背けていたことかもしれない。根源的な疑問や不満を隠さなかった人々から学べることがあるかもしれない。あるいは、単に面白く眺めるだけでも良いだろう。だが、「特高警察」的なものが現代にも引き続き存在していることだけは忘れないようにしよう。これで「笑える」平和な世界がいつまでも続くように願いつつ。2019年5月上旬 「令和」の始めの日々を過ごしながら
髙井ホアン
『戦前不敬発言大全』まえがき
天皇とは一体何だろうか? そして、不敬とは一体何だろうか? これはとてもこの前書き一つで触れられるものではないが、あえて最も根幹の部分を眺めてみよう。
戦前において、正確に言えば1946年1月1日の「人間宣言」(新日本建設ニ関スル詔書)が発せられるまで、天皇は現人神であり、「神聖ニシテ侵スヘカラス」(大日本帝国憲法第三条)ものであった。天皇はまた日本の歴史と直結し、神話や万世一系の血筋が、少なくとも教育現場では史実として教えられた。そして「そうなる」ために多くの人々や学問が犠牲になった。南北朝時代が「吉野朝」(南朝)時代となり、これに沿わない記述や解釈は排除されたのはその一例である。「絶対に触れてはならない」、この空気を現代の我々の感覚で捉えるのは難しいだろう。あなたが世俗的な人ならば、明日、いきなり教育勅語を覚えさせられ、よく分からない男の写真に礼をさせられ、そしてこのことに異議を唱えられない状況を想像してみてほしい。
更に、大日本帝国憲法第55条に国務大臣の補弼が記載されている。つまり、どの様な失政も大臣の責任となり、天皇は責任を取ることは無かった。様々な不条理やあからさまな問題を前にしても、天皇が間違いを犯すことは「有り得ない」のである。そして政治家ではなく軍部が統帥権などを盾に政府の実権を握り始めた時、ブレーキを踏める者は無かった。誰も責任を取りようがないのだ。
しかし戦前においても、天皇という存在をどうしてもそう見れぬ人々も当然存在した。天皇も我々と同じ人間ではないだろうか? 天皇も君主ならば責任があるのではないか? ロシアやドイツの皇帝は現に滅んだではないか? 天皇もセックスするのではないか?
ある者は共産主義や宗教による真面目な信念・信仰として、またある者は現代でもままある様に単に失言・冗談やゴシップの対象として、あるいは社会不安や戦争の根源を見つめたものとして、時々陰謀論の対象として、天皇という存在に対し僅かでも疑問を持った。「神」を神と思わず、また文字通り「無責任」に責任を問うところに不敬は確かに生まれる。
しかしそれは許されないことであった。大日本帝国憲法第1条と第4条に天皇の統治が、第3条に天皇不可侵が明記され、刑法に不敬罪があり、そして周囲の数多の臣民がそれを許さなかった。それでも言わずにいられない、やらずにいられない人々の記録が、本書に記載の事例である。
だが、本書の様々な発言が、遠い昔の特異な人々であるとも言い難い。現代の象徴天皇制下においても「菊タブー」なるものが存在し、話題によっては歯に物の挟まった言い方、特殊な言い回し、更にはそもそも触れられないものがある。あるいは、皇族の恋愛や家族問題ゴシップに茶の間は沸きあがっている。何が変わり、また変わっていないのか、そういう点でも本書はヒントになるかもしれない。
改めて、天皇とは一体何だろうか? そして、不敬とは一体何だろうか?
著者プロフィール
髙井ホアン (タカイ ホアン)
1994年生まれ。小説家・作家・ライター。日本人とパラグアイ人の混血(ハーフ)。埼玉の某大学卒(専門はカリブ史)。小学校時代より「社会」「歴史」科目しか取り柄のない非国民ハーフとして育つ。高校時代より反権力・反表現規制活動を行う中、その過程で戦前の庶民の不敬・反戦言動について知り、そのパワフルさと奥深さに痺れて収集と情報発信を開始。2013年よりTwitter上で「戦前の不敬・反戦発言Bot」「神軍平等兵 奥崎謙三Bot」などを運営中。教科書的・国家的な歴史の表面には出てこない人々をこれからも紹介していきたい。小説家としては株式会社破滅派よりJuan.B名義で電子書籍『混血テロル』『天覧混血』を刊行中。