稲田義智さんによる『絶対に解けない受験世界史3』が完成したので、中身を紹介します。『大学入試問題問題シリーズ3』の3巻目で根強い人気があります。

前作の『絶対に解けない受験世界史3』を4年前の2017年に出版してから、早稲田や慶應では悪問が激減しました。それどころか上智大学は世界史からほぼ撤退し、他にも世界史を入試科目から取り下げる大学が続出しました。

このシリーズがその流れに寄与した部分も少なからずあるのではないかと思っています。それまでは悪問や出題ミスは、大学が公表することも少なく、厳しく検証される事もなかったからです。

受験世界史で出題ミスが激減した事でこのシリーズの役割も果たせて嬉しい一方で、シリーズを継続するのが危ぶまれるという状況に追い込まれる可能性もありました。

しかし結局それも杞憂に終わり、出題ミスが絶滅することはありませんでした。むしろ近年は増殖しつつあるようです。

そこで4年ぶりに新刊としてまとめる事になりました。

帯を取り外した状態。一部からは「市販されている参考書で最も難易度が高い」と言われている様です。

たまに「誰が買うんだ?」と言われますが、主に予備校・塾の講師、また入試問題制作者、そして世界史マニアです。

序文。毎回同じ宣言をしていますが、こちらでも読めます。

目次と本編の2020年度上智・早慶・その他の扉。

それでは本書の中から印象にのこる問題を紹介していきましょう。

これは世界史の問題ではなくてオバマの個人史では」という解説がある通り、世界史というよりは、左派知識人によくいるオバマファンが作ったとしか思えない出題。

著者も「2020年の出題ミス大賞は間違いなくこれ」と認定するほどのインパクト。コロナで掻き消された感じもしますが、2020年当初は世界最大ニュースと言われていたブレグジットと関係ある問題なのに、イギリスを「EU現加盟国」と表記してしまっていました。

今回一番マヌケと思われるのがこれ。なんと大学当局側が公表した模範解答が「字数オーバー」。

設問とは無関係の、出題者の反原発的主張を長々と記載している問題。しかもその原発に対して複数の点で事実誤認。入試という場でこういった独善的な態度で思想を押し広めようとするなら、受験生に無用な反発心を抱かせるだけで、逆効果でしかありません。

エルベ川東側を「中世後期の植民を通じてドイツ領となり」と間違った記述をしていました。これは弊社が刊行した『旧ドイツ領全史』を読んでいれば分かる出題ミスですね。

トランスヴァール共和国とオレンジ自由国がケープ植民地に併合されたという事実はない」のですが、そう記述している出題ミス。なんとこれは帝国書院の『新詳世界史B』のp.241の完全コピペなのですが、それ自体が間違っているのです。

番外編では世界史漫画を積極的に入試問題に活用している神戸学院大学の問題を紹介。これらは出題ミスや悪問という括りではなく、面白い試みとして紹介しています。

各章末にはコラムが設けられています。こちらは一巻目から続いている「世界史用語の変化」。歴史学における各種学説の発展に伴い、高校世界史にどう影響を与えているかの解説です。

ドイツ史クラスタでは度々話題になる「フランツ=フェルディナントは「帝位(皇位)継承者」であって「皇太子」ではない」問題。専門家の間では常識かもしれませんが、ブリタニカ国際大百科事典でも「皇太子」と表記されており、高校世界史のレベルで過ちと即断するほどのことかというと、判断が分かれるところ。

正誤を問う問題の選択肢に「この国の有名な遺跡であるアンコール=ワットの修復・保存に上智大学は協力している」とある珍問。

世界的な大ヒット曲「デスパシート」が出題されたのですが、なんとその問題に答えられなくても、歌詞を覚えていたら解答できたという奇問。

近年のフェミニズムの盛り上がりを反映して、女性参政権を出題する大学が増えてきました。

しかしかなりレベルが低い問題が横行しており、これなどは「「次に列挙する諸国」の“国”のレイヤーや「女性参政権」の基準がバラバラで,不統一である以上は比較不能」という酷いもの。

弊社が刊行している『タタールスタンファンブック』や『ウクライナ・ファンブック』を読んだことがあれば、すぐに正解が分かる、クリミア・タタールに関する問題。

この問題以外にも社会人となってから、何かしら接点が発生して、簡単に答えられる人がいたとしても、高校世界史ではほとんど全く触れられない歴史的事項を出題している大学がまだかなりあるようです。

この『絶対に解けない受験世界史』シリーズで初となる東京大学の難問。「イギリスの13植民地が築かれるが,このうち北部のニューイングランドの植民地の名を2つ記しなさい」という問題ですが、これも実はアメリカに関係があったり、社会人だったら結構簡単に答えられそうな気もします。

しかし「13植民地のそれぞれの植民地名は教科書本文や脚注には登場せず,用語集に立項されていない」だそうで、各大手予備校でも実際の受験生の満点率は5%未満、マサチューセッツ州のみを当てた人でも30%だけだったそうです。

遣唐使に関する問題で、足利義満を「将軍」と記載してしまった、中学日本史レベルの情けないミス。

2番目のコラム「大学入学共通テストの導入騒動の記録」。改革を志すのはいいですが、現場をよく知らない政治家などによって、大混乱。思いつきレベルの提案が多く、結局ほとんどが実現不可能でした。その顛末が詳しく書いており、怒りを覚えました。

フランスで女性の権利を主張した」のは誰かと問う質問で、回答の選択肢からは男か女かで判断するしかない、非常に問題な問題。

「女性の権利を主張するのは女性のみ」という、ミサンドリーに繋がりかねない設問です。近年、フェミニズムに関連する問題が増えてきているようですが、生煮えで熟慮が足りないものが横行している印象。

最後のコラムは「高校世界史で,近世・近代の経済史学上の論点はいかに扱われているか」。

巻末におまけの「大学入学共通テストの試行調査」。

だいぶ長く本書の中から気になる問題を紹介しました。しかし本書はシリーズ最大の560ページにも上る大著で、ここでは紹介しきれなかった面白い出題ミスや奇問、悪問が他にも沢山あります。

1巻目は在庫僅少重版未定で入手困難の状態が続いていますが、2巻目はまだ在庫があります。出題された年が昔だというだけで、入試問題とその解説自体は過去の歴史を扱っています。時事ネタ本などの様な賞味期限はなく、今読んでも十分楽しめる内容です。

著者の稲田さんの軽快な解答解説に、本書の編集者を含めて魅了される読者が多く、世界史の読み物としても非常に楽しめます。単なる学習参考書に終わらない要素が盛り沢山です。

出題ミスや悪問は減って欲しい反面、このシリーズが末永く続いて欲しいので、是非これで興味を持った方々は買ってみて下さい。