髙井ホアンさんによる『戦前不敬発言大全』と『戦前反戦発言大全』が完成しました。先日、『戦前不敬発言大全』を紹介したので、今回は『戦前反戦発言大全』です。

『戦前不敬発言大全』と『戦前反戦発言大全』が完成したので紹介します。

反戦発言というからには人権に配慮した意識の高い発言が多いかと思いきや、

女は女らしく早く寝るがよい、出征兵士だからとて騒いで送る必要はない

という、現代フェミニストからは非難が殺到しそうな言葉。

古来歴史を見ても敗戦国が亡びたと言うことはなく現に独逸も再興している、ナポレオンは戦争には勝ったが亡びた

敗戦したからと言って、民族が滅びる訳ではありません。私(本書編集者)が以前編集した『敗戦処理首脳列伝』や『戦後復興首脳列伝』でも敗戦後を見据えた政治家たちの武勇伝が描かれています。

負けたからといって絶望する必要はありません。「独逸」だって「再興しているし」、その後、また負けて、また「再興」していますね。

ソ連は全世界の資本家国家を相手にしているので軍備は世界一

ノモンハンの結末も知っていたのか、共産主義者ではなくとも、親ソ的な意識を持つ人も多かったようです。

戦地に行ったら支那人もロシヤ人も俺と同じ境遇だから殺さない」というヒューマニズムに溢れるセリフの直後の「向こうの兵士はねらわず日本の兵隊を打って殺してやる」に拍子抜け。

戦争は我国は必ず勝つが、財政的に悪性インフレとなり破綻する

日本が勝つと断言しているところが引っかかりますが、国債による戦費調達により、財政破綻や悪性インフレを懸念する人達もいました。

軍司令官を暗殺し又は鉄道爆破を敢行してマルクシストとしての任務を遂行する

随分と勇ましいですが、実際にこの様なことをできた人がどれだけいたか……。

関東大震災でもデマによる朝鮮人虐殺が起きましたが、戦時下でもこの様な悪質なデマが流布。(※敢えてテキストデータは伏せます)

日本の国へ外国から来て戦争をしたらどうであらう」。素朴で本質的な疑問。

ロシヤ一億五千万の民衆は二十万のゲ・ペ・ウに支配されている

たまにインテリな落書きも見られます。

まだスターリンの極悪非道を世界は知らず、共産主義者・シンパからは期待されてた当時に、ソ連GPU(国家政治保安部)の大弾圧を見抜いていた落書き。

千人針や国旗は精神的なものだ、弾除けと言う迷信である

と喝破する冷静な懐疑主義者。

大切な時間を費して見ても知らぬ応召兵に対し万歳万歳と言って送ったとて如何程の有難味がある大体愛国とか国防とか名が好かぬ

応召兵の見送りを無意味と見なし、「大体愛国とか国防とか名が好かぬ」と完全に空気を読まない、正直なコメントに爽快感を感じます。

反戦発言というと左翼的なイメージが強いですが、右翼によるビラも面白いものがあり、紹介。

本来の立憲政治は事実上停止の状態である」「軍には軍としての使命がある

立憲主義やシビリアンコントロールを理解していると思える発言。

それが東京の知識人ではなく、地方にもそういう風に思う人がいたのかと驚き。

ソ連のスターリンと独逸のヒットラーが会談して飛行機で日本を攻めることになっている

デマと言えど独ソ不可侵条約の1年前にもこの様な予想をした人がいたのが興味深いですね。

帝国主義戦争絶対反対立て日本のヒットラー、ムッソリーニよ

と持たざる国の指導者を過度に英雄視。まだこの頃、この二人は悪いイメージがないのです。

ヒトラーやムッソリーニが現在と当時で認識が違うのは当然ですが、蒋介石も今から見ると、奇異に映るぐらい英雄視されています。

毛沢東や共産党は表舞台にはまだ出てきておらず、まるで逆張り・判官贔屓の様な蒋介石ファンが実は当時の日本では結構多かった事に気が付かされます。

私は体を健康にし正しい人物になりたく希望して居ります 善いと信ずることを実行したく悪いと思うことは行いたくありません。人を尊び愛して仲良くすることは善く、人を憎んで喧嘩をし、建物を破壊したり血を流すことは悪いと信じて居ります

現代の良心的兵役拒否者の様な宗教告白めいた発言。

戦争には負けると外国人が入り込んで洋館建が出来て自分達の商売が繁盛するだろう

日本の敗戦後に一儲けしようとする商魂たくましい発言。どの時代も政商や買弁的な存在が蔓延るのもまた事実。

日露戦に英人にどれだけたすけてもらったか

日英同盟破棄が日本転落のターニングポイントの一つだったと言えると思いますが、日露戦争の時にイギリスに支援してもらっていた事を重視する発言。

特高月報などにみる戦前の替歌集

思わず口ずさんで連行されたら危険。しかしこうした替え歌も特高は把握していたのです。恐るべし。

日独伊軍事同盟絶対反対

親英米政治家や外交官、軍人が多くいた事は知られていますが、反枢軸敵主張が町中で落書きが書かれたりもしていました。

重慶に日本の捕虜が、二三百人いるらしい

実際に『日本人反戦兵士と日中戦争―重慶国民政府地域の捕虜収容所と関連させて』という本なども出ていますが、当時それを知っていた人が日本に実際いた様です。

ドイツはずるい国なり イギリスは強い国なり

ドイツを毛嫌いする落書き。実際にドイツに振り回されて日本は地獄を見たと言えます。結局、イギリス、アメリカを敵に回したのは無謀でした。

会社はこの世の生地ゴク

戦地にいる兵隊だけでなく、銃後、そして内地の職場もかなりきつかったようですね。

そしてブラック企業が蔓延る今もあまり変わらないと感じる人も多いのではないでしょうか?

金属など献納しません相当の相場で買え

命令口調がインパクトあります。

食糧不足につき人間製造中止

まるで現代のTwitterでも見ている様なパワーワード的語感。

昼食休三時間

逆に過大な要求をする労働者も。

長髪ハナゼ不可ナイノカ

至極真っ当な疑問。

如何に日本が大和魂があり精神力が強いと言って見た処で十五と一とでは勝つか負けるかは言わなくても判った事ではないか

各界からの精鋭エリートを集めた総力戦研究所でも、「日本必敗」を予想していましたが、一般人も同じ予想をしていました。

この人のように口には出さずとも思っていた人は更に大勢いたでしょう。

個人あってこそ国家があるので個人が立行かぬ様になっては国家もその存立を失う。個人が本当の幸福を得世界中の者が皆んな同じ様に仲良くして行くことが出来れば国家など言うものはあってもなくても良い

一番感銘を受けたのがこの言葉。自由主義の真髄を理解しているだけでなく、結果的にアナキズムの様な境地にまで達した発言。国家主義が絶対のこの時代に、この様な世界観を持った人がいたのが驚きです。

しかもこの発言者が岡山県の「農業兼日稼」平松弘二郎、というのが更に驚きです。

『世界反戦発言』の巻末には年表を掲載しています。以上、既に沢山の発言を紹介してきましたが、まだまだ他にも大勢の発言が収録されています。

編集者の私個人は反戦や反政府、反天皇制、反体制的な発言より、トンデモ電波発言、馬鹿馬鹿しいしいデマや陰謀論、戦況時局認識、そして親英米発言、自由主義的発言に興味を惹かれますが、人によっては全く別の発言が面白く感じられるはずです。

2冊両方で1000以上の発言が収録されているので、買ってじっくり読んだ方が確実に楽しめます。

さてこの『戦前不敬発言大全』と『戦前反戦発言大全』、カバーでは昭和天皇と東条英機が載っているのですが、同じサイズで真ん中に掲載している為、帯を入れ替えると、まるで着せ替え人形の様に、顔と服装が変わります。実は昭和天皇は東条を買っていた様ですが。

これはTwitterで購入してくれた方が指摘していました。予め予想して作った訳ではなかったので、驚きました。

こういう遊びもできるので、是非2冊一緒に買ってみて下さい。