突然ですが『旧ドイツ領全史』を出します。著者はシュレージエン研究者で秀明大学助教の衣笠太朗さんで副題は「「国民史」において分断されてきた「境界地域」を読み解く」です。
そこはなぜドイツになり、
なぜドイツではなくなったのか?
ポーランド西部を訪れた事がある人なら、不思議に思ったことがあるのではないでしょうか?
その辺り一帯は第二次世界大戦後まで「ドイツ」だったことを。
町並みは言われてみればドイツ風なのかもしれない。
そこにいるのはポーランド人で、ずっとそこにいた様にも見えます。
でも一々そんな事を気にしている様子はありません。
戦前の地図を見ると、今と比べてドイツの形が随分大きく、東に広がっている様に見えます。
また戦間期の地図だと、バルト三国の南の方にオストプロイセンという飛び地があるのが見えます。
途中でポーランド領に遮られて、何でドイツ本土と繋がっていないのか、気になりますね。
そんな素朴な疑問が次から次へと芽生えてくる、「昔ドイツ領だった場所」。
その「旧ドイツ領」の成り立ちや変遷について解き明かしたのが『旧ドイツ領全史』です。
一時期その領域がドイツだった事があり、そしてドイツではなくなってしまったのには理由があります。
旧ドイツ領のそれぞれの領域を見ていくと、様々な特徴が浮かび上がってきます。
■オストプロイセン 歴代君主の戴冠地ケーニヒスベルクを擁すプロイセンの中核
■ヴェストプロイセン ポーランド分割後にプロイセンと一体化させられた係争地
■シュレージエン ピァスト朝・ハプスブルクを経て、工業化を果たした言語境界地域
■ポーゼン プロイセンによって「ドイツ化」の対象となった「ポーランド揺籃の地」
■ヒンターポンメルン スウェーデン支配を経て保守派の牙城となったバルト海の要衝
■北シュレースヴィヒ 普墺戦争からドイツ統一、デンマーク国民国家への足掛かり
■エルザス=ロートリンゲン 独仏対立の舞台から和解の象徴、欧州連合の中心地に
■オイペン・マルメディ周辺地域 ベルギーの中のドイツ語共同体と、線路で分断された飛び地
これらのエリアの「ドイツ領となるまで」「ドイツ領の中のシュレースヴィヒ」「その後」に別けて詳述しています。
また章末では各エリアにまつわるコラムと、
・カシューブ人
・ルール・ポーランド人
・「民族ドイツ人」
・オーバーシュレージエン独立運動
・エルザス=ロートリンゲン共和国構想
その領域出身の有名人を解説しています。このチラシでは紹介しきれないほど膨大な人数がいます。
カント、元プーチン妻、コペルニクス、ヒンデンブルク、ギュンター・グラス、エカチェリーナ2世、クローゼ、ドナルド・トゥスク、Behemoth、等など領域出身の有名人達も紹介
そして
周辺各国の地理・歴史だけでなく、複合国家論・国民国家論・エスニシティ・
多文化主義・安全保障・地域統合などあらゆる現代社会科学の研究テーマに波及する
戦後、ソ連はケーニヒスベルクから跡形もなくドイツ色を払拭し、軍事都市カリーニングラードを建設しました。
ポーランドでは「ピァスト朝」にまで遡って領有の根拠とし、「回復領」と命名した上で、ウクライナ、ベラルーシ、リトアニア方面のポーランド系住民を強制移住させました。
それは新たにドイツ系「被追放民」を生み出し、戦後西ドイツの政治運動と結び付きます。
またシュレースヴィヒ=ホルシュタイン問題は、のちにスレースヴィ戦争、ドイツ統一、そしてデンマークの国民国家化へと繋がっていきます。
長年、独仏の係争地だったエルザス=ロートリンゲンは欧州連合の中心地になりました。
ベルギー連邦ではドイツ語共同体に自治権を付与します。
この通り、「旧ドイツ領」はドイツだけでなく、現代社会の成り立ちに大きな影響を与えています。
ドイツや近隣諸国の地理歴史だけでなく、人文社会科学全般のあらゆるテーマと関係していきます。
「旧ドイツ領」を切り口に、様々な研究テーマを考える切っ掛けとなります。
また編集作業は困難を極めましたが
■カラーで紋章・旗 歴史観光ガイド
■現統治国言語名とドイツ名を必ず併記
■時代ごとの境界国境変遷地図
■膨大な量のドイツ時代の古写真
と随所で創意工夫を凝らした造りになっています。
特に領域・国境の変遷はあまりにも複雑で細かく、専門家にしか分かり得ない部分が多く、著者の衣笠さんがペンタブレットを購入し、Inscapeで自ら地図を描きました(最終データは編集者が加工しています)。
全部で464ページある中で、54ページカラーで「旧ドイツ領」の観光スポットを紹介しています。
また最終的に計測したところ69万8855もの文字数でした。
かなりの大著です。しかし3300円と、またしても値付けに失敗したのではないかと思うほど、低価格……。
無事問題なく印刷製本が進めば、8月10日頃には店頭に並びます。
なおこの『旧ドイツ領全史』と密接に関係する栗原久定さんの『ドイツ植民地研究』も合わせて読むと理解が深まります。