『世界売国奴列伝 裏切りと傀儡の肖像』が完成しました!
世界史には、敵国に寝返った者、外国軍を引き入れた者、占領国に協力した者、昨日まで仕えていた政権を裏切った者など、後世から「売国奴」と呼ばれてきた人物が大量に登場します。
しかし、本当に彼らはみんな、私利私欲だけで祖国を売ったのでしょうか。
王朝を守るためだったのか。
戦争を終わらせるためだったのか。
革命を成功させるためだったのか。
国内の政敵を倒すためだったのか。
あるいは、本当に単なる保身だったのか。
「国を売った」と呼ばれた人間にも、それぞれ本人なりの論理があります。
そんな世界史上の「裏切り者」たちを、西洋、東洋、日本と横断して一冊にまとめたのが本書です。

カバーは全体を黒で統一しました。
中央には20世紀を代表する「売国奴」の一人、ヴィドクン・クヴィスリング。その周囲を、時代も地域もまるで異なる人物たちが取り囲んでいます。
帯に入れたコピーは、
「私利私欲か。王朝防衛か。和平か。革命か。『国を売った』と呼ばれた者たちにはそれぞれの論理があった」
です。
まさに本書全体のテーマを一文にしたものです。
単純な悪人列伝ではありません。
むしろ読み進めていくと、「いや、これは売国奴と呼ぶのはかわいそうでは?」「本人としては救国のつもりだったのでは?」と思う人物がいる一方、「いや、これはどう考えてもアウトだろ」という人物も出てきます。
その境界線を考える本でもあります。

カバーを外すと、本体はかなり地味です。
黒に近いグレーを基調に、タイトルだけを配置しています。
カバーが人物の顔だらけなので、本体まで同じようにゴチャゴチャさせず、こちらは逆にほとんど何も置かないデザインにしました。

「まえがき」では、そもそも「売国奴」とは何なのか、というところから始まります。
国家というもの自体、時代によって姿を大きく変えています。
現在の国民国家を基準に古代や中世の人物を見れば、「祖国を裏切った」と簡単に言えてしまいますが、本人にはそもそも現代人と同じ意味での「国家」や「国民」という意識がなかった場合もあります。
主君への忠誠と国家への忠誠は同じなのか。
王朝を守ることと国を守ることは同じなのか。
政権を裏切って外国と手を組めば、それは即座に「売国」なのか。
考え始めると、かなりややこしい言葉です。

目次です。
第1章「西洋」、第2章「東洋」、第3章「日本」の三部構成。
古代から20世紀まで一気に飛びます。
普通の人物列伝なら、古代ローマの政治家と第二次世界大戦期の傀儡政権指導者と日本の戦国武将が同じ本に入ることはほとんどありません。
しかし「裏切り」「寝返り」「敵国との協力」という一本の線を引くと、不思議なくらい同じような構図が何度も現れます。

まずは西洋。
古代ローマから始まり、アメリカ独立戦争、フランス革命、ロシア革命、そして二度の世界大戦へ進んでいきます。
章扉も本文とは反対に黒ベース。
全体に張り巡らせた有刺鉄線のような飾り罫も、この本のちょっと殺伐とした雰囲気に合わせています。

カエサル暗殺後、オクタウィアヌスらと第二回三頭政治を成立させ、ローマ世界の有力者となった人物です。
しかしその後、エジプト女王クレオパトラと結びつき、オクタウィアヌスとの対立が激化。最終的には「ローマを捨て、東方の女王に国を売った男」であるかのような宣伝まで行われました。
もちろん、これは勝者となったオクタウィアヌス側の政治宣伝という面が非常に強い。
ローマ内部の権力闘争だったはずのものが、「ローマ対エジプト」「愛国者対売国奴」という構図へと塗り替えられていったわけです。
誰が「売国奴」と呼ばれるのかは、しばしば勝者が決める――本書を象徴する人物の一人です。

日本ではそれほど有名ではありませんが、アメリカ人にとって「裏切り者」の代表格なのがベネディクト・アーノルドです。
もともとはアメリカ独立戦争で活躍した有能な軍人でした。
ところが途中でイギリス側に寝返ります。
アメリカでは現在でも、その名前自体が「裏切り者」の代名詞として使われるほどです。
日本史でいえば、小早川秀秋の名前を聞いた瞬間に「関ヶ原の裏切り」を連想するようなものでしょうか。

国家への忠誠と、その時々の政権への忠誠が大きく食い違うのが、革命と戦争が連続したフランスです。
革命政府、ナポレオン帝政、王政復古と、十数年の間に体制そのものが何度もひっくり返ります。
昨日の正義が今日には反逆になり、昨日までの反逆者が翌年には政府側にいる。
こういう時代では「誰を裏切ったのか」自体が簡単には決まりません。

その象徴のような人物がジョゼフ・フーシェです。
フランス革命期からナポレオン、さらには王政復古まで、政権が変わっても驚異的なしぶとさで生き残った政治家。
節操がないと言えばこれ以上ないほど節操がありません。
しかし逆に言えば、イデオロギーより現実の権力関係を徹底して見抜き続けた人物でもあります。
本書には、こういう「政権には忠実ではないが、それを即座に売国と呼んでいいのか?」という人物も多数登場します。

そしてレーニン。
「え? レーニンが売国奴?」と思う人もいるかもしれません。
第一次世界大戦中、ドイツはロシア国内を混乱させるため、亡命中だったレーニンの帰国を認めました。
革命後にはドイツとの間でブレスト=リトフスク条約を結び、ロシアは莫大な領土を失います。
帝政ロシアやロシア・ナショナリストの立場から見れば、まさしく敵国ドイツを利した「売国」です。
しかしレーニン本人からすれば、守るべきものは旧ロシア帝国ではなく世界革命でした。
何を「祖国」とみなすかによって、評価が完全に逆転する例です。

20世紀に入ると、「売国奴」という言葉がさらに重くなってきます。
ナチス・ドイツの勢力圏に作られたスロヴァキア共和国の大統領ヨゼフ・ティソ。
独立国家の指導者なのか。
それともナチス・ドイツの傀儡なのか。
第二次世界大戦期のヨーロッパには、こうした「独立」と「傀儡」の境目に位置する政権が次々と出現します。

そして、売国奴界の世界王者とも言えるヴィドクン・クヴィスリング。
ナチス占領下のノルウェーで対独協力政権を率いました。
あまりにも有名になった結果、英語では「Quisling」という姓そのものが「売国奴」「敵国への協力者」を意味する普通名詞にまでなっています。
人名がそのまま裏切り者の代名詞になった、世界史でも珍しい人物です。

人物紹介の合間にはコラムも入っています。
「裏切り者」と「売国奴」は同じなのか。
外国勢力に協力すればすべて売国なのか。
独立運動家が敵国の力を借りた場合はどうなるのか。
個々の人物だけでは整理しきれない問題を、コラムで少し引いた視点から考えます。

第一次世界大戦ではフランスの英雄。
第二次世界大戦では対独協力政権ヴィシー・フランスの国家元首。
フィリップ・ペタンほど、「英雄」と「売国奴」という正反対の評価を一人で背負った人物も珍しいでしょう。
一つの時代の英雄が、次の時代には国家反逆罪で裁かれる。
歴史人物の評価が、その人の人生のどこを切り取るかによってまるで変わることが分かります。

第2章は東洋。
ここから中国史を中心に、さらに濃厚な「売国奴」たちが登場します。
中国史には昔から「奸臣」という巨大なジャンルがあります。
王朝を滅ぼした者。
異民族を国内へ引き入れた者。
敵国へ寝返った者。
和平を進めたため後世から弱腰と罵倒された者。
こちらも人材にはまったく困りません。

中国史の場合、そもそも王朝が交代するたびに「忠義」の基準まで変わってしまいます。
旧王朝に最後まで忠義を尽くせば忠臣。
新王朝へ早々に仕えれば裏切り者。
しかし新王朝がその後何百年も続けば、その人物は新しい国家体制を支えた功臣にもなる。
後世の勝者が誰だったかによって「売国奴」の名簿そのものが変わってきます。

石敬瑭は、自ら皇帝になるため契丹の力を借り、その代償として燕雲十六州を割譲した人物。
中国史では、外国勢力を引き入れて領土まで渡した人物として非常に評判が悪い。
「国内の権力争いに勝つため、国外の大国を呼び込んだらどうなるか」という、本書で何度も繰り返されるパターンです。

秦檜も、中国史を代表する奸臣です。
南宋の英雄・岳飛を死に追いやり、金との和平を進めたことで長く「売国奴」とされてきました。
しかし戦争継続が本当に国家にとって最善だったのか。
和平を選んだ政治家は、それだけで売国奴なのか。
愛国的な英雄物語の裏側から見ると、評価は少し複雑になります。

明から清への王朝交代を決定づけた「裏切り者」として、中国史で悪名高い呉三桂。
明の将軍として山海関を守っていましたが、李自成の反乱軍によって北京が陥落すると、満洲の清軍に援軍を求めました。その結果、清軍は万里の長城を越えて中国本土へ進出。李自成を破っただけでなく、そのまま中国全土を征服して清王朝を築いていきます。
つまり呉三桂は、国内の敵を倒すために外国勢力を呼び込み、結果として王朝そのものを明け渡すきっかけを作った人物です。
しかも後には清にも反旗を翻し、「三藩の乱」を起こして自ら皇帝を称しました。
明を裏切り、清に協力し、最後にはその清まで裏切る。
本人にはその時々の政治的事情があったとしても、「誰に対して忠誠を尽くした人物なのか」と聞かれると答えに困る。本書でも屈指の、分かりやすく豪快な裏切り者です。

愛新覚羅溥儀。
清朝最後の皇帝であり、その後は日本の支援によって成立した満洲国の皇帝となりました。
本人は清朝復辟を夢見ていましたが、満洲国は日本の傀儡国家として扱われます。
溥儀は祖国を売ったのか。
そもそも溥儀にとっての「祖国」は中華民国だったのか、清朝だったのか。
近代国家と王朝への忠誠が衝突した非常に分かりやすい例です。

そして中国近現代史最大級の「漢奸」、汪兆銘。
孫文の側近として中国革命に参加し、国民党の最高幹部にまで上り詰めた人物が、日中戦争中には日本占領下の南京で政権を率いました。
中国では今なお売国奴の代名詞です。
しかし本人は「日本に中国を売る」と考えていたわけではなく、長期化する戦争を終わらせることが中国を救う道だと考えていました。
その判断が正しかったかどうかとは別に、「売国奴本人は自分を売国奴だと思っていない」という本書のテーマが最もよく表れる人物の一人です。

朝鮮近代史を代表する「売国奴」として、現在まで最も激しく憎まれている人物の一人が李完用です。
大韓帝国の高官として日本との条約締結を進め、1910年の日韓併合条約にも署名。韓国では「国を日本に売った男」の代名詞となり、親日派の象徴として扱われています。
ただし李完用も、最初から日本一辺倒だったわけではありません。もともとは親米派として活動し、その後はロシアへ接近するなど、朝鮮を取り巻く列強の力関係に応じて立場を変えていきました。
日本の支配が避けられないと判断して併合に協力した現実主義者だったのか。それとも自らの地位と利益のため祖国を売った政治家だったのか。
結果として国そのものが消滅したため、その評価は極めて厳しいものになりました。「本人なりの論理」と「後世から見た売国」が最も激しく衝突する人物の一人です。

東洋編にもコラムがあります。
特に中国史では「漢奸」という言葉が非常に強い政治的意味を持ちます。
単なる裏切り者ではなく、「民族そのものを裏切った者」として記憶されるためです。
しかし誰を漢奸と呼ぶのかも、その時代の政治状況や後世の歴史認識と無関係ではありません。

そして第3章、日本へ。
日本編では、海外勢力への協力という意味での「売国」だけではなく、主君への寝返り、敵対勢力との内通、政権から政権への転身なども含めて取り上げています。
日本史も裏切り者には事欠きません。
戦国時代など、昨日まで敵だった人間が翌年には味方になっていることなど日常茶飯事です。
それでも後世、「裏切り者」として特別に名前を残す人物と、単なる転身として処理される人物がいます。
その違いは何なのか。

楠木正成の子、楠木正儀。
父・正成が後世「忠臣」の象徴となったため、その息子が北朝側へ降ったことは非常に複雑な評価を受けてきました。
しかし南北朝時代のように、そもそも「どちらが正統な朝廷なのか」で国が割れていた時代に、現在の感覚で忠臣・逆臣を簡単に分けることはできません。

徳川家康の重臣でありながら、1585年に突如として豊臣秀吉のもとへ出奔した石川数正。
数正は秀吉との外交交渉を担当するなかで、羽柴陣営の圧倒的な国力を目の当たりにし、「このまま戦えば徳川は負ける」と判断するようになったと考えられています。
しかし、家康の軍事・外交上の機密を知り尽くした最高幹部が、よりによって最大の敵である秀吉側へ移ったのですから、徳川側から見ればこれ以上ない裏切りです。
一方で、その出奔は単なる私利私欲だったのか、それとも無謀な対秀吉戦争を避けるための行動だったのか。真意はいまもはっきりしません。
「主君を裏切った」という事実だけは明確なのに、なぜ裏切ったのかが分からない――石川数正は、売国・裏切りという行為を結果だけで判断する難しさをよく表す人物です。

著者は『童貞の世界史』の松原左京さん。
前回は歴史上の童貞を追いかけ、今回は世界史上の売国奴を追いかけました。
童貞から売国奴へ。
まったく関係ないように見えますが、「一般の世界史では一括して語られることのない人物を、一つの奇妙な共通項で世界中から集める」という意味では、かなり同じ発想の本です。
有名人物の意外な一面を知ると同時に、そのテーマでなければ一生名前を知ることもなかったような人物まで出てくる。
こういう人選こそ、この手の列伝ものの面白さだと思っています。

もう一方では『ミニスターリン列伝』も紹介しています。
独裁者、童貞、売国奴。
パブリブの世界史は、相変わらず普通の世界史教科書では大きく扱われない方向ばかり掘っています。
しかし、こうした周縁的な人物から見ることで、逆に国家、革命、戦争、ナショナリズムといった大きなテーマが見えてくることがあります。
「売国奴」という言葉ほど、使う側の立場が露骨に表れる言葉もありません。
ある国では裏切り者。
別の国では英雄。
ある時代には国賊。
数十年後には再評価。
和平を選べば弱腰と罵られ、戦争を続ければ国を滅ぼしたと批判される。
では、いったい誰が本当の「売国奴」だったのでしょうか。
ぜひ59人それぞれの事情を読んで、判断してみてください。
『世界売国奴列伝 裏切りと傀儡の肖像』
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